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2005年11月

2005年11月30日 (水)

公共投資は役にたっているのか

『応用経済学への誘い』の第5章は、東京大学教授の岩本康志氏が、「公共投資は役にたっているのか」というテーマで執筆しています。

「無駄な公共事業が行われているのではないか」という懸念は、国民の間に共有されている。確かに、高速道路やダムの中には便益よりも費用の方が遙かに大きなものもありそうだ。マスコミ報道は例外的なものを大きく取り上げているのかもしれない。私たちが生活実感として感じるものは、それに影響されているだけかもしれない。その意味で、公共事業で作られた社会資本が効率的なのか否かを経済学的にきちんと検証することは重要である。第5章「公共投資は役にたっているのか」(岩本康志)は、社会資本の効率性に関する実証分析を展望している。都市圏で社会資本が過小であり、地方圏で過大となっていること、第一次産業向けの社会資本が過大であることはほぼ一致した結論になっている。しかし、日本経済全体としてみた場合に、社会資本の生産性が低下してはいるものの、その水準が過大なのか過小なのかについては、意外にも明確な判断を下すことは難しいというのが岩本氏の判断である。(『応用経済学への誘い』の「はしがき」より)

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2005年11月29日 (火)

公営住宅はどうすべきか

「応用経済学への誘い」の第4章は、日本大学教授の中川雅之氏が「公営住宅はどうすべきか」というテーマで執筆しています。

 

住宅市場も情報が不完全な市場の代表例である。空き家がたくさんあっても住宅探しは難しい。特に、低所得者にとって住宅は深刻な問題である。住宅費が払えないとホームレスになってしまうかもしれない。その意味で、セーフティネットとして公営住宅は重要な役割をはたす。ところが、経済学的には低所得者に現物支給として公営住宅を供給するよりは、家賃補助を与えた方が望ましいはずである。また、公営住宅が三位一体改革のもと地方自治体によって分権的に行われると、福祉切り下げ競争が生じる可能性がある。第4章「公営住宅はどうすべきか」(中川雅之)は、日本の公営住宅を経済学的に評価している。公営住宅の現状を紹介した後、分権化された住宅補助政策を行っている日本では住宅補助の過小供給が生じている可能性が高いことが実証的に示される。中川氏は、この章での分析に基づいて、住宅補助政策を「地方政府の選好を反映した国庫補助率によって調整されたバウチャー」に転換することを提唱している。(『応用経済学への誘い』の「はしがき」より)

地方と中央での仕事や権限の配分を考える上で有益な議論が展開されています。

 

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2005年11月25日 (金)

経済学的思考のセンス

経済学的思考のセンス」の校正作業がいよいよ最終段階。イラストも描いてもらったし、定価も決まった。

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2005年11月18日 (金)

幸福度

今日の産経新聞の一面トップの記事を見て驚きました。筒井さん、池田さんと行っている幸福度の研究結果が大きく取り上げられているではありませんか。

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2005年11月17日 (木)

「論座」12月号

「論座」12月号に「消費税は本当に逆進的か」という論説を書いています。

「生涯所得に対する消費税負担率を計算すると、意外にも逆進的ではない」という話です。このようになる理由について、私は次のように推測しています。第一は、万一の場合に備えるための予備的動機の貯蓄は、ある程度一定で、生涯所得が高くなるほどには、増加しないため、金持ちほどお金を使う比率が高い、という可能性です。第二は、遺産として残す比率は、金持ちほど低くなるということも考えられます。このどちらかだと思っています。詳しくは、論説を読んでいただければ幸いです。

計算する前は、「消費税は生涯所得に対しても逆進的だろう」と予想していたのですが、結果は、違いました。でも、よく考えてみれば、それほど変な結果でもないと思います。

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中学生の質問への回答2

Q: インターネットで授業ができるようになると先生の給料は上がるのですか?

A:  インターネットの授業だと一度に多くの人を教えることができますから、一流の先生の給料は上がります。しかし、2流の先生の給料は下がってしまいます。

 そうなると、ネット授業が得意な少数の一流の先生が多額の給料をもらって、それ以外の普通の先生は少人数相手に教えることになり給料は今より低下するかもしれません。

 でも、教育の場合は、音楽以上に直接教えてもらうことが大事ですから、音楽のようにスーパースターだけの世界にはならないと思います。生徒は一人一人個性があって、理解の仕方も違いますから、同じ教え方で全員が理解できるわけではないからです。

 同じことは、医療の世界にも言えます。どんなに優れた医者であっても診ることができる患者の数には限りがありますから、一流の医者だけの世界にはならないのです。保育士もそうですね。

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2005年11月16日 (水)

中学生への回答

 中学生に授業をした時、多くの質問をもらいました。私からの質問への回答の一部を紹介したいと思います。

 給料の実態についてのデータをみることで、みなさんは、つぎつぎと疑問をもったようです。これはとてもいいことです。

 中学校で学ぶことには、普通「正解」があります。しかし、研究の最前線では、「答えがまだわからないこと」が研究されています。「答えがわからない問題なんて、問題そのものも難しいのではないか」と思うでしょうが、経済学の問題は、問題そのものはだれでも考えつくことです。それを論理的に説明し、その説明方法が正しい、ということをどうやって示すのか、というのが科学的な方法なのです。こういう能力が、ますます重要になっています。

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2005年11月 9日 (水)

シンポジウム・出前授業

11月8日は「個の変容と社会の活力」というシンポジウムを関西社会経済研究所で行いました。ビジネスマンには関心が低いかと思っていましたが、予想以上に多くの熱心な聴衆を前にして議論をすることができました。大阪ジョブカフェの木島さん、東大の本田さん、京大の橘木さんと若者・仕事・家族といったテーマで議論をしたのですが、パネリストたちに私が今まで聞きたかったことを、司会者の特権でどんどん質問させて頂いた私自身が一番楽しんでしまったのかもしれません。聞いていた方々はどうだったのでしょうか?パネリストのみなさん、ありがとうございました。

今日は、京都市の西京中学の2年生相手に、経済学の出前授業をしてきました。賃金に関するデータをみせた上で、どうして賃金に差があるかを経済学で「やさしく」説明することを目指したつもりです。でも、たぶん、難しかったと思います。中学生は賃金の実態そのものに驚いていたようです。学校の普通の授業と違って、世の中には簡単に答えがみつからない問題がたくさんあって、説明も一通りではない、というが分かるのも大事かな、と思います。そうでないと経済学者の仕事がなくなってしまいますから。

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2005年11月 2日 (水)

フローから失業を考える

「応用経済学への誘い」の第3章は、慶応大学教授の太田聰一氏が「フローから失業を考える」というテーマで執筆しています。

情報が不完全であるため、市場がうまく機能していない分野で最も有名なのは、労働市場である。求人や求職に関する情報が完全であれば、失業率はもっと低くなるはずだ。インターネットで求人情報が充実してきたのは事実であるが、面接もしないで人を採用する企業はない。それだけ、人や仕事の情報は不完全なのである。このような労働市場における情報の不完全性をもとに失業を考えると、「現在何人の失業者がいるか」、というストック情報ではなく、今月は「何人の人が新たに失業したのか、何人の人が新たに仕事を見つけたのか」というフロー情報にもとづいて労働市場を分析することの方が重要なことがわかる。第3章「フローから失業を考える」(太田聰一)は、このようなフロー分析を用いて日本の失業問題を実証的に分析している。フロー分析をもとに、構造的失業や若年失業の問題に切り込んでいる。(「応用経済学への誘い」の「はしがき」より)

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2005年11月 1日 (火)

ここで買うべきか、買わざるべきか

「応用経済学への誘い」の第二章は、ボストン大学の小西秀男氏が執筆しています。

この章の見出しには、「ここで買うべきか、買わざるべきか」、「これでいいや。高いけど、どこでも同じだからなあ」、「もう一軒行ってみよう。次はもっとよい物があるかもしれない」、「それをお探しならあそこへ行きなさい」、「ここで商売をしないとお客さんが来ないからね」といった日常の買い物の様子が並んでいます。こうした日常の買い物における意思決定を最先端の経済学で分析しています。

基礎的な経済学での想定の中で、現実と大きく異なっているのは、完全情報という仮定である。標準的なミクロ経済学では、消費者や企業は製品や価格に関する完全な情報をもっていると仮定されている。しかし、完全情報の仮定のもとでは、不動産の仲介業者の存在は説明できないし、秋葉原に電気店が集中して立地するという現象も説明できない。第二章「消費者のサーチ行動と情報の仲介業を考える」(小西秀男)は、財の性質や価格に関する消費者の情報が完全ではないことを前提にして分析している。すなわち、消費者の行動は、完全情報のときとどれほど違ってくるのか、小売店の価格、販売戦略はどのように変わるのか、均衡価格や財の配分はどのようになるのか、といった問題をサーチ理論とゲーム理論を応用することで解明している。(「応用経済学への誘い」の「はしがき」より)

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