« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »

2006年1月

2006年1月21日 (土)

他人事ではない

「経済学的思考のセンス」の中で
「美男美女は本当に得か?」
というエッセイを書きました。

本を読んだ一人の学生が、
大学の先生についての分析が
既にあることを私に教えてくれました。
この論文この論文です。

他人事ではなかったのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Freakonomicsの翻訳

Levittのブログによれば、Freakonomicsの日本語訳が東洋経済新報社から出版されるらしい。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年1月12日 (木)

お金がすべてではないのでは?

中学生の質問への回答(その6)

スポーツ選手や歌手の中にはどうして
巨額の年収を得る人がいるのか、どうして
仕事によって所得が違うのか、を中学生に
説明したところ、
「給料がすべてではないのでは?」
という質問を受けました。

続きを読む "お金がすべてではないのでは?"

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年1月 8日 (日)

ただものではない

経済学の学会では通常、論文報告者に対して討論者がついています。討論者は、報告された論文について、論文の位置づけと批判的検討をするのが仕事です。優れた討論者は、論文の執筆者自身の報告よりも論文の内容と意義を分かりやすく聴衆に説明します。それも、短い時間で。時には、論文の執筆者の報告が何を言っているか理解できなくて、討論者の話を聞いて「なるほど、こういうことをしていた論文なのか」と分かることもあります。名討論者に出会えると、学会に出席してよかったと思うものです。

トラックバックを頂いた404 Blog Not Foundさんの拙著に対する書評は、著者としてはこの上もなくうれしいものです。この方、ただものではない。私が自分の本を紹介するよりもずっと上手に私が言いたかったことを表現していらっしゃいます。すごい人がいるものです。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年1月 5日 (木)

論座2月号

明けましておめでとうございます。

「論座」2月号。いくつか興味深い論説が
ありました。

一つは、芹澤一也氏の
「「子供を守れ」という快楽-不安にとりつかれた社会で」
です。

統計的には、殺害される小学生の数が
増えているわけでもないのに、不安だけが
増していることを、治安管理そのものが
快楽ではないか、という視点で分析しています。
 私の専門の所得格差の話となんとなく
似ています。

もう一つは、莫邦富氏の
「「維権」と「創新」、中国の夢」。

貧富の格差が既に大きい中国では
日本のような格差の小さな社会ではなく、
格差が大きいアメリカ型社会をめざし、
チャイニーズ・ドリームを求められる
社会にすべき、という主張です。

最後に、前屋毅氏の「働き方がわからない
 ジョブカフェちばに集まる若者たち」
はジョブカフェの実態をうまく描写している
と思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »