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2006年9月19日 (火)

エコノミスト 9月26日号

週刊 エコノミスト」(9月26日号)の「経済学的思考のススメ」という特集で、インタビュー記事と私のエッセイが掲載されています。

■【特集】経済学的思考のススメ―身近なテーマを経済理論で解く―

・相撲も、いい男もよく分かる 実用性重視へ変わる経済学    乾 達/山口敦雄
・インタビュー 大竹 文雄・大阪大学社会経済研究所教授 「経済学は困った人を助ける学問」
・ぜひ読みたい「使える経済学書」5冊    原田 泰
  『ヤバい経済学』 『これも経済学だ!』 『ベッカー教授、ポズナー判事のブログで学ぶ経済学』 『経済学的思考のセンス』 『ゼミナール 経済政策入門』
・相続争いはなぜ起きる 日本人は「利己的」 遺産は親の面倒を見る見返り    チャールズ・ユウジ・ホリオカ
・「騒音おばさん」を止めるには 感情論より効率論 権利を整理し金銭交渉で    大竹 文雄

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「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

よみました。大竹先生のインタビューと同じページ、左下に書いてある「10月10日号からの新連載」とは、やはり先生がお書きになるのですか。だとすれば、まことに楽しみであります。

投稿: 望月衛 | 2006年9月19日 (火) 23時33分

「エコノミスト」の連載は、私も書きますが、私一人ではなく、大阪大学社会経済研究所の教員を中心に毎週連載していく予定です。ご愛読頂ければ幸いです。

投稿: 大竹 | 2006年9月20日 (水) 21時17分

読ませていただきましたが、コースの定理を説明するのに、「騒音おばさん」を例に挙げるのは不適切なような気がします。あの人は感情に任せて被害者を攻撃するという犯罪に走ったわけで、もはや得失計算を超えたところにいたわけですから、自分の趣味嗜好とそれをあきらめる対価を冷静に比較較量できたとは到底思えませんし、そもそもその趣味嗜好が犯罪の領域に入っていたという根本的な問題があります。経済学が適用できない状況を見極めるのも、「経済学的思考のセンス」として重要ではないでしょうか・・・。

投稿: おせっかい | 2006年9月21日 (木) 23時17分

私も上の方に同感です。読んでみて、正直、いかなる示唆を伝えられたいのかさっぱり分かりませんでした。何の落ち度もない「騒音おばさん」の被害者に対して、「感情的に司法に頼るのではなく、冷静に金銭交渉しなさいよ」ということを伝えられたいのでしょうか?一方的に我が国を脅かしている北朝鮮に対して抗議や制裁をするのではなく金銭を提供してやめてもらいなさいということなのでしょうか?「経済学的思考」云々の前に「常識」を身につけるべきではないでしょうか。

投稿: 余計なお世話 | 2006年9月23日 (土) 00時23分

「おせっかい」さん、「余計なお世話」さん、拙稿をお読みいただき、ありがとうございました。
 騒音おばさんの問題は、そもそも犯罪だとなかなか認定できなかったことが背景にあります。裁判で争われているのも傷害罪かどうか、という点だと私は理解しています。解決できない紛争問題の多くは、権利関係が明確になっていないことが原因だ、というのが拙稿のポイントです。
 合理的判断を前提に組み立てられた経済学をそうでない事件に当てはめるのが問題だというご指摘について。そのとおりですね。いつくかの前提が満たされていたら紛争問題が解決されるというのがコースの定理です。現実には、そういった前提が満たされていないので、紛争が発生するわけです。当事者が合理的判断ができない、というのもその一つでしょうね。ただ、合理的判断ができなくなって罪を犯したと裁判所が判断すれば無罪になるのではないでしょうか。少なくとも本人はある程度の合理的判断をしていると考えないと、抑止効果としての罰則の意味もなくなってしまいます。
 「常識」から離れて思考実験をしてみるとどうなるか、という話なので、「常識」的な議論にはなっていないのです。

投稿: 大竹 | 2006年9月23日 (土) 14時49分

 御返答ありがとうございます。いくつか気になったのですが、御返答の中で「合理的判断ができなくなって罪を犯したと裁判所が判断すれば無罪になるのではないでしょうか」とありますが、先生は、経済学的な合理的判断ができない者は、刑法上の罪責を問えないとお考えなのでしょうか?そうしたら、感情的に犯罪を犯した者は皆無罪ということになってしまいませんか?刑法上の責任能力はそこまで高度なものを求めていないと思いますし、すべての人々にそこまでの経済学的な合理的判断を身につけるよう求めるのは酷です。
 それと、先生は、権利関係が明確化すれば、当事者の交渉でうまく問題が解決されるというお考えのようですが、複雑な人間社会において権利関係をすっきりと整理することが果たして可能なのでしょうか?これまで数多くの争いが裁判に委ねられ、数多くの裁判例が積み上げられてきているのは、権利関係をすっきりと整理することなどおよそ非現実的であることを意味しているのではないでしょうか?
 仮に本気で権利関係を明確化してコースの定理を現実に当てはめていこうとお考えなのであれば、まず経済学としてどのように権利関係を明確化すればよいかの方策を示すべきではないでしょうか?それは極めて難しいことだと思います。
 しつこくてすいません…。

投稿: 余計なお世話 | 2006年9月24日 (日) 11時29分

「余計なお世話」さん、コメントありがとうございます。
「合理的な判断」の意味をどう考えるかです。騒音を出すことの価値が非常に高いと本人が「合理的」に判断しているかどうかだけが問題で、そのような選好が普通の人と違うかどうかを「合理的」の基準にしているわけではありません。どんな選好であったとしても、その選好のもとで意思決定がなされているか、という点です。合理的な判断ができないというのは、たとえば、どのような罰則をもってきても本人が判断を変えないという状況ではないでしょうか。それだったら罰しても改善の余地はないので、別の方法で解決しないとだめなはずです。
 世の中の問題を全て権利関係を明確にして解決できると考えているのではありません。権利関係を明確にできないことが紛争が簡単に解決できない根本問題だと言っているだけです。ただ、不明確だった権利関係を明確にすることで解決できることもあるというのが、今回の事件の教訓でもあるはずです。実際、事件の後、条例が作られたわけですから。権利関係を整理することが非常に難しい場合は、不完全な契約しか結べないということを前提に制度を作っていくべきです。こういう観点から法律や制度を設計していこうという学問分野が、「法と経済学」と呼ばれる学問です。コースの定理は、「法と経済学」の研究の大前提になっています。摩擦のない世界でものごとを一度考えてみてから、摩擦を考えて現実の世界を考えていくのはごく自然な思考方法ではないでしょうか。

投稿: 大竹 | 2006年9月24日 (日) 12時11分

 御丁寧な返答ありがとうございます。
 権利関係の明確化については、少々当方の思いこみもあったかもしれません。経済学の研究方法として、摩擦のない世の中を想起して思考実験するということであれば全く異論のないところです。また、多くの紛争が権利関係が明確に判断できないからこそ起こっているということは間違いないと思いますし、そうした問題の中には、権利関係をちょっと明確化すればすんなり解決できる問題もあるのかもしれません。
 どうもありがとうございました。

投稿: 余計なお世話 | 2006年9月24日 (日) 19時58分

大竹先生、丁寧な回答ありがとうございます。

>合理的な判断ができないというのは、たとえば、どのような罰則をもってきても本人が判断を変えないという状況ではないでしょうか

報道を見る限り騒音おばさんはそういった人ではないかと思われます。つまり、被害者憎しの感情が、他の感情、理性、勘定その他を圧倒してしまっているように思われます。そうした人はコースの定理を適用する前提が満たされていないと言うべきでしょう。

逆に、北朝鮮の場合は合理的判断ができると思われるので(あの国の指導者は残虐非道かもしれませんが、一方で勘定を感情に優先させる冷徹さを持ち合わせていると思います)、先生のおっしゃる通り経済学的アプローチが可能だと思います。クルーグマンも
http://www.pkarchive.org/column/010303.html
でゲーム理論からそういったアプローチを試みています。もちろん、チャーチルがかつてスターリンのことを「邪悪必ずしも賢ならず、独裁者必ずしも正しからず」と茶化したように、あまり彼らの合理性を過信するわけにはいきませんが。また、ミュンヘン宥和の愚は避けるべきという点は注意する必要があります(このときヒトラーはズデーテンを手にし、英仏は戦争を避けられたので、見方によっては両者の効用は共に改善したが、残念ながら話はそこで終わらなかった)。

投稿: おせっかい | 2006年9月27日 (水) 02時30分

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