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2008年7月15日 (火)

週刊ダイヤモンドの紹介記事

『週刊ダイヤモンド』の7月19日号に『格差と希望』の紹介記事が掲載されました。丸善丸の内本店一般所売り場の宮野源太郎さんの談話という形です。この紹介記事では、橘木先生の『女女格差』、山田先生の『「婚活」時代』とともに、私の本が紹介されています。感謝いたします。

ただ、その談話の中で、少し私の本の内容と対応しないことが書かれています。談話をまとめられた際に、ニュアンスが変わってしまったのではないか、と想像します。具体的には、次のような紹介です。

 「『格差と希望』は、規制緩和という経済行為自体が格差を生む根底にあるという認識を前提としています。・・・それらのなかに潜んでいた格差の誘発要因を解明していくのは、まさに目から鱗の連続です。」

 「目から鱗」というのはうれしいのですが、たぶん宮野さんご自身がお話になったことと書かれていることに少しギャップがあると思います。そのため、私の本の内容と似ているようで異なる表現になったのではないかと思います。

 私が本で主張したかったことは、つぎのようなことです。規制緩和によって見えるようになる格差と規制によって存在していた格差の両方があるのだということです。規制が存在していたときには、規制で守られた人同士の格差は小さいが、規制のために参入できない人と既に規制で守られた人との間の格差は大きかったのです。いわゆるインサイダーとアウトサイダーの間の格差です。規制が緩和されると、参入障壁がなくなって、新規参入者と既存参加者との間の格差は小さくなりますが、既存参加者同士の格差は大きくなるのです。

 これは、ちょうど「女女格差」の話と同じです。男と女という形で格差があっても、男同士、女同士では格差が小さかったのが、少し前の日本です。しかし、男女の機会均等が浸透するにつれて、男男格差、女女格差が拡大してきたのです。先ほどの例が、規制によって守られていた人々や産業とそうでない人の格差というのは、ちょうど男女間格差があったというのと同じです。規制緩和というのは、雇用機会均等が進むのと同じです。

 「週刊ダイヤモンド」での宮野さんの談話は、おそらくこういうことを表現されていたと推測しますが、編集の段階で意図がうまく伝わらなかったのではないでしょうか。

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