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2008年12月28日 (日)

スピード競争をする漁師

2009年1月号の『フォーサイト』に掲載された一ノ口晴人氏の記事によれば、日本の漁業規制が、漁師たちに歪んだ競争をさせているそうだ。漁師たちは、漁船の船体を新しくするよりは、古い船体に高性能のエンジンやGPSを搭載して、漁場までのスピード競争をしているというのだ(注)。漁師が人よりも早く漁場に着いて漁をしたいと思うのは、当然だと思う人もいるかもしれない。しかし、もし後で説明するような規制がなければ、漁師がそのようなスピード競争に励むのは、必ずしも合理的ではない。

そのことを説明するために、つぎの問題を考えていただきたい。

問題 あなたが漁師だったとしよう。一定の労働時間で、最大の所得を得るにはどのように働くべきだろうか。

(1) 毎日決まった時間に漁に出て、決まった時間漁をする。
(2) 魚が多く取れそうな天候の日に長時間漁をして、そうでない日は他のことをする。
(3) 魚が少ない日に集中的に漁をする。
(4) 誰よりも早く漁をして魚がいなくなるまでがんばる

以前、「明日は明日の風が吹く」というエントリーで、(1)と(2)を比較して、同じ総労働時間なら(2)の方が漁獲量が高くなることを説明した。サラリーマンのように毎日定時に漁場に行ったところで、魚がとれるわけではない。どうせ同じ時間働くなら、魚が多く取れる日に集中的に働く方がいいのである。

では、(3)や(4)の選択肢があればどうだろうか。(3)は、魚がいない日に集中的に働くというのは、(2)とは全く反対の戦略で、明らかに漁獲量は最低になるはずだ。しかし、所得が最低になるかどうかはわからない。なぜなら、漁獲量が多い日は魚の値段が下がるという効果もあるからだ。魚が取れない日は、一匹あたりの魚の値段が上がる。不漁の時は、時間当たりの漁獲高が減るかもしれないが、一匹当たりの値段が高いときに魚をとると時間当たりの所得は高くなるかもしれない。実は、上の4つの選択肢には、正しい戦略が書かれていない。時間当たりの所得が高い日に長時間漁をすることが、所得最大化行動なのだ。

(4)の戦略は、どのように考えるべきだろうか。この戦略は、天候もなにも考えず働く方法で、あまり賢い戦略ではないように思えるだろう。しかし、現実には日本の漁師は、このような行動をとっているとジャーナリストの一ノ口氏は指摘する。

なぜ、日本の漁師はこのような行動をとるのだろうか。それは、漁業では獲れるだけ魚を獲ってもいいのではなく、漁業資源を守るための規制が存在するからだ。具体的には、魚種ごとにTAC(総漁獲可能量)が決められて資源管理が行われている。日本の沿岸漁業では、オリンピック方式という資源管理が行われている。オリンピック方式では、漁期と漁獲量の上限が決められているだけである。漁民は、漁期がはじまると一斉に漁をはじめ、漁獲枠が一杯になると漁期が終わるのである。正に、オリンピックと同様、漁獲競争をして、一番早く一番多くとったものが最大の所得を得られる仕組みだ。ゆっくりしていては、魚をとらないうちに漁期が終わってしまう。みんなが一斉に魚を獲ると値段が下がることがわかっていても、漁師は誰よりも早く漁場にいくことを目指し、漁期の最初に集中して取るのである。そのために、船の本体がぼろぼろなのに、スピード狂のように高性能エンジンを積み、GPSを装備するのだ。スピードさえ落とせば、原油の値段が上がっても十分に、漁をすることができるという。

では、魚資源の管理の方法として、オリンピック方式以外のものはないのだろうか。個別割当方式(IQ方式)や譲渡可能個別割当方式(ITQ方式)が知られている。個別割当方式というのは、総漁獲可能量として決められた漁獲高の総枠を、漁師や漁業団体あるいは漁船ごとに、個別に配分する方法である。IQ方式では配分された枠の譲渡ができないが、ITQ方式ではその枠を他人に譲渡してもかまわない。枠の個別配分の決定方式が問題になるものの、効率性の面では、どう考えてもITQ方式の方がオリンピック方式よりも望ましい。

漁師たちは、所得が最大になるように漁に出ることを考えるはずだ。そうすると、漁獲高の日々の変動も結果的に小さくなり、漁師の所得変動も小さくなるうえ、消費者にとっても魚の価格変動が小さくなる。それに、変なスピード競争をする必要もない。自分の漁獲枠のもとで所得が最大になるように漁にでればいいだけだからだ。非効率な漁師は、自分の漁獲枠を他人に譲渡した方が所得は高くなるだろう。そうすると効率的な漁師に漁が集中することになる。この結果、漁師の数は減るかもしれないが、日本の水産業は残ることになる。

オリンピック方式がいかに馬鹿げた制度であるかは、二酸化炭素の排出権を考えてみればいい。地球温暖化の防止のために、二酸化炭素の排出権の日本全体の総枠が決められたとしよう。これを年当たりの総枠で、オリンピック方式で行うと、日本の企業は1月1日から一斉に操業をはじめ、二酸化炭素の排出総枠が日本全体でなくなるまで生産を続けることになる。誰が考えても変な制度である。個別企業に二酸化炭素の排出権を与え、その権利を譲渡できるようにして市場で売買させるのが一つの方法であろう。そうでない場合は、日本全体の二酸化炭素の排出枠に合うように炭素税をかけて、炭素の使用を抑えるという方法をとった方がいいのに決まっている。

奇妙なインセンティブをかけられている漁民も、その結果高い魚を食べさせられている消費者も、オリンピック方式という規制の犠牲者なのである。

(注)一ノ口晴人「改革を葬られた日本漁業が溺死する」(『フォーサイト』、2009年1月号、38-39)

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コメント

変な規制があるんですね。

投稿: SHOSHI | 2008年12月29日 (月) 09時57分

水産業について、近年に無いあきれるエントリーを見させていただきました。ご自分が自然を相手の労働をしたことも無い人は、労働というものをここまで貶めれるものだと感心させていただきました。

投稿: gruza03 | 2009年1月 9日 (金) 22時14分

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「共有地の悲劇」を避けるには、それを「共有地」でなくすればいい。つまり、所有権を明確にすればいい。人は自分のものなら大切に使う。(※1) 大竹文雄のブログ: スピード競争を... [続きを読む]

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