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2010年5月18日 (火)

週刊朝日の見出し

5月18日発売の「週刊朝日」に私のインタビューが掲載された。ところが、広告に掲載された見出しを見て驚いた。

優秀な女がバカな男を駆逐 「男の非正規」の何が悪い

 私はこんなこと言っていない。「バカな男」とか「何が悪い」なんてインタビューの本文にも私の本のどこにも書いていない。

 「競争と公平感」では「非正規」が問題になっているのは事実だけれど、それは女性には新しい話ではなく、今までになかった男性の「非正規」が増えたことが社会問題になっている、ということを書いている。「何が悪い」というのは「週刊朝日」の見出しをつけた人の解釈であって、私の主張ではない。「見出し」は必ずしも著者が言ったことではないかもしれないが、あたかも著者の発言のように見出しを書くというのは問題だ。「週刊朝日」の考え方や解釈なら、そう分かるように書くべきだ。「週刊朝日」はこう読んだ、と書いてほしい。私の表現ではないし、そのようなことを書いていない。

編集長の山口さんからtwitterで、お詫びを頂いた。でも、あんな広告をあちこちに掲載されてしまったら、そのあとどれだけお詫びして頂いても、取り返しがつかない。「週刊朝日」のこの号の他の本に関する見出しは、それほど刺激的ではない。

編集部の人がどういう思いで、私のインタビューに見出しをつけたのかは私にはわからない。しかし、私自身はこの見出しの付け方に「悪意」を感じた。この見出しを見た多くの人は、私が非正規の男性をバカ呼ばわりしていると思うだろう。そういう反応を分かっていて、この見出しをつけたと考えるほうが自然だと思う。彼らは見出しをつけるプロなのだから。本文を読めば、私がそんなことを言っていないことは分かるかもしれないが、残念ながら見出しを見た人のうちほんのわずかしか、本文を読む人はいないはずだ。

私は「週刊朝日」は良質な週刊誌だと思って取材を受けた。とても残念だけれど、その認識は間違っていたようだ。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

たいへん悪質ですね。

しかも、内容が「そう解釈することもできる」というレベルに無いほど、かけ離れていますよ。

週刊朝日の「出版」に対する態度を疑います。大竹先生のおっしゃるとおり、いくらおわびしてもチャラになりません。

彼らは、いったいどう対処をするのでしょうか。きっといい加減に対処するのだろうと想像します。

投稿: uranometreehttp://blog.livedoor.jp/uranoon/ | 2010年5月18日 (火) 19時31分

週刊朝日も山口編集長も良質じゃないですよ。低質ですし、私たちもよく知っています。先生は気になさらないよう。

投稿: 社会人 | 2010年5月18日 (火) 21時31分

朝日系の編集方針は文化や政治の解体する方向に書くことです。
その謝った人もベロ出していると思いますよ。
要するに、世界観とか信仰のレベルの問題なんです。

投稿: PK | 2010年5月18日 (火) 22時00分

以前野口悠紀雄氏が、週刊ダイヤモンドの「超整理日記」で、「週刊朝日にリンチを受けた」と書いておられたのを思い出しました。
基本的にあまりいい雑誌ではないようですね。

投稿: あんとん/重道 潔 | 2010年5月19日 (水) 04時26分

はじめまして。
私も原稿のタイトル(見出し)を連絡無く勝手に変更され、出版されてから知ったことがあります。衝撃でした。
彼らは、手に入れた原稿を自分たちが変更しても問題ないものだと考えているようです。
勝手にタイトルを変更するなんてアカデミックな論文だと考えられない。

投稿: | 2010年5月19日 (水) 10時35分

残念ながら、これがマスコミです。
昔からそうだし、将来変わることも期待できません。

防衛手段は、できるだけかかわらないこと。
それしかありませんね。

投稿: さばねこ | 2010年5月19日 (水) 20時32分

大竹先生、

小生は先生の寄稿文をまだ拝読していないのですが、世の中のまだ多くの人たちが「男性の非正規化」という「新しい現実」に直視できていないことの端的な表れ、のようにも見て取れます。そもそも「正規社員」なるものこそが「古きよき時代」の会社員像になろうとしている時代を(小生も含めて)どう把握すべきか、ある種の苛立ちかもしれません。

投稿: taro | 2010年5月20日 (木) 11時34分

週刊朝日がアレなのははっきり言ってずいぶん前からなのでいまさらですが(おそらく今の週刊誌の中で最底辺)、それにしてもtwitterでの謝罪というのは誠意のかけらもない感じられませんね

投稿: 。。。 | 2010年5月22日 (土) 13時16分

はじめまして、独法研究者です。昔、毎日新聞で取材を受け、同じようなことを経験したのを思い出しました。担当者に抗議すると、デスク(と呼ぶ責任者)が勝手にやったことだ、と謝罪の言葉はありませんでした。私が若かったから、女性だから、なめられたのかと腹立たしく思ったことを覚えています。その後もマスコミに協力しても、時間がかかる割りに、勝手にカットされたり、捏造や剽窃に近いことをされるので、こちらからは近寄りません。しかし、組織はプレスを女性研究者という括りでさせたいようで困ったもんです。アカデミアや産業界が女性だから私に近づいてくると思っているどころか、組織としては私を女性としての魅力しか無いと思っています。個人的にはそれもうけますが、、。
大竹先生の男性の自信過剰と競争、非常にあたっていると思います。女性間の競争に関しては、私の周囲をみると懐疑的です。女性の数が少なすぎて、競争にならないし、、。

投稿: さんじのわたし | 2010年5月29日 (土) 14時36分

 みなさん、コメントありがとうございました。私がブログに書いたところで影響はほとんどないとは思いますが、みなさんにマスコミの見出しや記事の実態を少しでも知って頂けたとすれば、書いたかいがありました。
 マスコミにとっては、まじめに発言をしようと思っている人もそうでない人も雑誌に取り上げる対象としては同じで、雑誌が売れればそれでいいということなんだと思います。でも、それだと結果的には信頼をなくすだけだと思います。そんな将来のことまで考えていられない状況なのかもしれません。

投稿: 大竹 | 2010年5月29日 (土) 15時11分

 この問題は、なるほど「朝日」ではおこるなと思った。経済学者の大竹教授がいくら、冷静な分析をしようと、こういう朝日系雑誌社には猫に小判というものである。この問題は、朝日系列が得意とする、「弱者をネタにした」「社会分析ゴッコ」に起因すると考える。
 この週刊誌系列の朝日新聞やアエラでは、就職氷河期の若年労働者をロストジェネレーションなどと名づけ、格差問題を扱うときは何かにつけてこの世代を持ち出す。それら「朝日」の記事は、統計や指標をさほど吟味しないでおいて、非正規雇用に追いやられた就職氷河期の若者の生活の惨状、さらには将来、生活保護に転落していくという「暗~い」世代像を映し出そうとするものである。
 なるほど、この世代は非正規雇用になった若者が比較的多いのかもしれない。しかし、それらの記事では、いったい他の世代に比べてどの程度「非正規」が多いのか(おそらく他の世代より10パーセント以上も多いということはないのではないか)、当時の経済状況がどの程度影響したのか、まったく論理的な説明はないし、彼らがこれからどのように希望を見出して生きていくかの展望もない。故に大竹教授のような冷静な分析が必要なのであるが、どうも朝日は、せっかくの大竹教授の冷静な分析を活かしてはいないようである(もっとも、大竹教授の著書の中にも、朝日命名の「ロスジェネ」を使った部分がありはする。特定世代をこんな安易な短縮形で呼ぶ神経は頂けない・・・がそれは確信犯の朝日に比べたら末梢的なことに過ぎない)。
 今回は「ロスジェネ」そのものの問題ではないが、今回の「バカ」問題と問題性は同根であり、並列的に論じてかまわないだろうから、話を続ける。朝日は、この「ロスジェネ」をダシに社会主義的な政策誘導や社会風潮を作り出そうとしているのではないかと、私は思っていたのだが、実は、それだけではない。社会学ゴッコ、社会分析ゴッコをしているのである。社会上の新現象があるかのように仮定し、統計や指標の扱い方も知らず、得意のルポタージュを使ってそれを論証する。そして、都合よくできあがった新現象を報道・テレビで垂れ流し、お客を楽しませる。作り手のほうも結構楽しい(自分より劣ったこの世代を「バカ」にして楽しんでいるに過ぎないではないか。)弱者をネタに自分たちだけ正義の見方なのだから余計タチが悪い。そのことは、この世代を「ロスジェネ」などと、否定的な単語をさらに滑稽に短縮した言葉で呼んでいることに現れているし、今回の記事にも現れているというべきである。
 さてバカにしている朝日の中の主体、あるいは朝日同調者とはいったい何者たちかというと、①同じ世代だがマスコミという「勝ち組」職業に就けた面々、②自称勝ち組の高飛車オンナ(勝谷誠彦命名の「アエラ女」の類)が他の同世代の人たち(今回のケースでいえば男の「非正規」)をバカにしている等が考えられる。こうした面々に大竹教授の分析が使われたらたまったものではないではないか。実は、私は、経済学者そのものには懐疑的な部分があるのだけど、ばかマスコミに対してクールヘッドによって冷静な分析をすべきことを促す人がいなければならないという点で、経済学者もまた非常に役に立つ(スイマセン!)。そうした役割をもつ経済学者の面目丸つぶれという点で、ご立腹ももっともと心から同情しますと同時に、翻って、言葉一人歩きの「格差」問題(これが問題となるべきことかどうかという点も含めて)の把握について、教授が重要な役割を果たされることを祈念します。

 
 

投稿: Takeda yasushi | 2010年8月 7日 (土) 19時47分

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