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2010年6月

2010年6月22日 (火)

さよならニッポン農業

サントリー学芸賞を受賞した『日本の食と農』の著者である神門善久氏の新著『さよならニッポン農業』は、農業分野に競争メカニズムを導入する正しい方法を分かりやすく提示してくれる。著者のメッセージは明快である。「農業に長けた者に農地が集積する」という状態を競争メカニズムによってつくるべきであるというものだ。そのためには、まず「検地」をしっかりして、農地としての利用についてのきちんと規制をした上で、より高い小作料や地価を支払えるものが「農地」を利用する仕組みにするのだ。

なんだ、単なる規制緩和と同じではないか、という人は、よく読み直してほしい。農地として利用することについては、きちんと規制をした上で、もっとも効率的に農業ができる人を、支払い可能小作料あるいは地価で判断するというものだ。土地利用の方法まで規制緩和してしまうと、転用目的で農業にやる気のない人が農地を非効率に利用してしまうのだ。この本を読めば、現在の農地の利用が非効率で、農家に農業をまじめにやる気を起こさせない制度になっているのかがよくわかる。著者は、この制度改革によって日本の農業は、「食のアキハバラ」として、国際化時代にも生き残っていけると考えている。質の高い農産物と食文化は、音楽やアニメ、ゲームの中心地であるアキハバラのように、国際競争の中で生きていける、と判断ししている。

著者が提案する方法は、農業に留まらず、様々な他の分野にも応用可能だろう。駅前の商店街がシャッター通りとなっているのは、駅前という優れた立地を商業にやる気のあるものが使わず、シャッター付きの住宅として使うことが許されているから発生していると理解することもできる。駅前という極めて公共性の高い土地については、その土地の価値を最大限に使えるものが使うように競争的仕組みをいれれば解決する。現実には齊藤誠氏が「競争の作法」で指摘しているように、低い固定資産税で効率が低い利用のされ方でも所有を続けることができるようになっている。都市部の病院や保育所が足りない状況を打開するためには、土地利用規制をして特定の場所に病院や保育所しか利用できない規制をした上で、もっとも高い家賃や地価を支払えるものが病院や保育所を運営するようにしていけば、公立病院や公立保育所の非効率性は回避できるかもしれない。

日本の農業の現状についての著者の正確な知識をもとにした農業制度への様々な提言は、他の分野の政策にも使えそうなアイデアの宝庫でもある。

日本の農業をどうすれば強くできるか、という観点から本来農業政策を考える必要があるのに、農家の票をどうすればとることができるかという観点で、各政党の公約が作られている。このような状況では、日本の農業そのものが死に絶えていくのを待つだけである。強い農業にするために、菅政権は神門氏のアイデアを真剣に検討してみてはどうだろうか。

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2010年6月20日 (日)

競争の作法

競争の作法』齊藤誠著(ちくま新書)

 2008年秋、日本経済はアメリカに始まったサブプライムバブルの崩壊にともなって急激な景気後退を経験し、非正規労働者の雇用調整が行われた。2008年から2009年の年末年始には、日比谷に派遣村が作られ、人々の大きな注目を集めた。ところが、2002年から急激な景気の悪化の少し前の2007年まで期間は、「戦後最長の景気回復」の時期だった。同時に、この期間は、人々の間でその景気回復を実感できた人は少なかった上、格差の拡大が人々の間で大きな関心を集めた時期でもある。このように2000年代の日本経済は、非常に大きな景気変動を経験した。

 では、景気回復が続いたのに、私たちはなぜそれを実感できなかったのだろう。非正規労働者の雇用調整はなぜ生じたのだろうか、それは格差問題と関係あるのだろうか。

 2010年の夏の現時点では、少しずつ景気が回復しており、2000年代に発生した経済問題を頭を冷やして考え直すいいタイミングではないだろうか。もし、私たちの経済の運営の方法や社会の仕組みが、2000年代に発生した問題を引き起こす原因であったのならば、今こそ、それを修正する絶好のタイミングではないだろうか。本書は、その手がかりになってくれる。

 誰でも入手できるマクロ経済統計とマクロ経済学の標準的な枠組みを用いて、2000年代の日本経済の長期的な動きを本書はみごとに説明してくれる。経済学によく出てくる難しい数式は一切ない。割算が分かれば理解できるはずだ。経済学の知識も必要としない。非常に簡単なグラフと表だけで、読者は2000年代のマクロ経済の動きを理解できるのだ。ただし、齊藤氏の本の特徴だが、他の新書のように立ち読みや飛ばし読みをすることはできない。読者は鉛筆やペンをもって、論理をきちんと追っていくことが大切だし、そのためには、本を買って読む必要がある。実際、この本には線を引きたくなる箇所が多いので、読み始めたら、読者はペンを持って机につくことになるはずだ。

 著者の主張を大胆にまとめると、2000年代の経済問題の大きな原因は、資本市場においても労働市場においても国際的な製品市場においても、正しい競争が行われてこなかったことが原因だというものだ。競争が激しく、ふらふらまで働いているのに、という反論があるかもしれない。格差が発生したのは、行きすぎた市場競争のせいではないか、というのが多くの人の反応だろう。そう思った人こそ、この本を読んでみて、著者が出す証拠と論理を覆すことを試みてほしい。

 著者によれば、「戦後最長の景気回復」が生じたのは、物価安定のもとでのゼロ金利政策と円安政策が、実質輸出価格を低下させたために、輸出産業の業績があがったことが原因である。ところが、実質的な円安のために、日本人の購買力は低下し、生活水準は全く上昇しなかった。せっかく企業業績があがったにも関わらず、その成果は株主や労働者に還元されず、結果的に無駄になる投資に回されてしまった。これは、資本市場がきちんと機能しなかったことが理由だ。資本市場がきちんと機能しなかった理由として、著者は様々な政府の介入をあげている。著者はあまり強調していないが、企業の統治のしくみにも問題があるだろう。

 所得格差が生じた理由も明快である。国際競争力を保つために、日本企業が賃金コストを下げる必要があったにも関わらず、既存正社員の賃金をわずかしか下げず、賃金が低い非正規労働者の採用という方法で対処したことがその原因だという。実際、著者の計算によれば、年間1%ずつでも賃金を下げておけば、非正規雇用を増やす必要もなく、少数の非正規社員に賃下げのコストをおしつけて、格差や貧困問題を発生させることもなかったという。これも、労働市場が競争的であったならば、正社員に生産性よりも高い賃金を支払ったまま、非正社員に生産性よりも低い賃金を支払うということはなかったはずだ。格差問題は、行きすぎた市場競争ではなく、市場競争が足りないから発生したことになる。 

著者はまた、資産市場の非効率性が発生している例として土地市場についても議論している。土地価格が収益還元価格よりも低下した場合、つまり割安になれば、効率的に利用する人が買ってくれる。これが、2000年代、東京にブランド店が進出した背景にある。しかし、居住目的であれば、固定資産税や相続税が大幅に減額されるという状況では、地方の駅前であっても課税逃れのために土地の有効利用が進まず、土地価格も低下しない。税制のゆがみが、土地の非効率な利用をもたらし、日本の社会の生産性を低めているのである。こうした事実を、現実の統計データを突きつけられて知らされると、著者の説明に読者は納得するだろう。

 本書の魅力は、そのような経済学とデータによって日本経済が抱える問題点を明らかにすることだけではない。それは、本のタイトルにある「作法」について議論している点だ。

 私がこの本を書いたのなら、市場の歪みをなくしたり、市場競争を強化する仕組みを提案する形にするだろう。利己的あるいは非合理に振る舞う人々の行動が、競争のメカニズムを阻害するのであれば、それが補正するような仕組みを考えてみる。もちろん、すべて解決できるような提案はできないかもしれない。

 著者の書き方は違う。彼は人々に競争に進んで対峙していくことを勧め、競争に対峙する際の作法を説く。本当に自分の能力に見合った報酬を得ているかどうか、資産をもっている人はそれに見合う運用をきちんとしているか、そういう競争社会で生きていくための作法を私たちが身につけることが必要で、それによって私たちの幸福度はもっと上がるはずだ、というのが彼の立場だ。

 経済学者は、人々の価値観や生き方には、直接介入しないで、制度を作ることで、間接的に影響しようとすることが多い。しかし、制度をつくることに、人々が合意してくれなければ、人々がより幸福になるという観点で、経済学者が望ましいと思う制度も実現することができない。その意味では、著者のように、競争社会の「作法」を直接読者に熱く訴えかけるというのも必要なのかもしれない。他人に「作法」を説くだけではなく、著者はそれを実践している。その実践例は本書のあちこちに出ている。著者が勤める大学で、彼が新しい高齢化雇用制度に反対した時のエピソードは、彼の熱い思いを伝えてくれる。

目次

プロローグ ポスト・リッチ、プリ・ハピネスの時代
第1章 豊かさと幸福の緩やかな関係―リーマン・ショック後に失われた豊かさとは
第 2章 買いたたかれる日本、たたき売りする日本―「戦後最長の景気回復」がもたらした豊かさについて
第3章 豊かな幸福を手にするための働き方―競争と真正面から向き合うために
第4章 豊かな幸福を手にするための投資方法―持てる者の責任とは
エピローグ 競争と幸福の接点

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2010年6月19日 (土)

頭のでき-決めるのは遺伝か、環境か

ミシガン大学の心理学者であるリチャード・E・ニスベット教授による『頭のでき』(ダイヤモンド社)は、IQの決定要因に関する優れた啓蒙書だ。タイトルが柔らかすぎるので、トンデモ本のように思われてしまうかもしれない。全く逆だ。この本の中身は、様々な学術研究を一般の人にもわかるように展望してくれるのだ。たとえば、IQが遺伝によって決定される比率は、一般に思われているよりもはるかに小さいことが示される。幼少期を含んだ家庭環境の影響が極めて大きいことが、ヘックマンの研究も含めて紹介される。バウチャーの効果、クラスサイズの効果、効果的な学校の効果がどの程度あるのかについても、様々な研究が紹介される。回帰分析やセレクションバイアスの問題についても付録で丁寧に解説されているので、実証研究をはじめたい学部生にも参考になるはずだ。教育関係者はもちろん、子供をもつ親なら読んでおくべき一冊だと思う。この本で強調されていることは、きちんとした介入実験がほとんどなされないまま、様々な教育改革がなされてきたことだ。証拠もないまま、全員平等に教育改革の対象にされてしまうことの被害者は、その対象となる子供たち自身だ。文部科学省の担当者や中央教育員議会の委員は、ここに書かれている内容を理解した上で、政策を決めていってほしい。

目次
第1章 知能の種類は一つではない
第2章 遺伝子はどれほど重要なのか
第3章 学校は人を賢くする
第4章 学校をさらによくするための方法
第5章 貧富の差は知能に大きな影響を及ぼす
第6章 黒人と白人のIQ
第7章 知能の差は縮められるのか
第8章 アジア人のほうが賢いか
第9章 ユダヤ人の教育の秘密
第10章 あなたの子供、そしてあなた自身の知能を高める
エピローグ 知能と学力についてわかっていること

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『その数学が戦略を決める』が文春文庫に

イアン・エアーズの『その数学が戦略を決める』が翻訳されて出版されたときに、このブログで紹介させてもらった。この度、この本が文庫本として発売されたようだ。私はブログで紹介したことをきっかけに、『週刊現代』にこの本の書評を書かせてもらった。文庫本が刊行されたというタイミングで、その時の書評をアップさせてもらう。


書評 イアン・エアーズ著『その数学が戦略を決める』 

                       大竹文雄       

 レッドソックスが岡島秀樹投手を獲得したのは、投手の能力を測る指標に三振四球比率を用いたことが理由だ。2月3日に放映されたNHKスペシャルで紹介されていた。投手の能力を測るのには防御率が用いられることが多かったが、三振四球比率の方が優れていることが統計的な分析で明らかにされたのだという。アメリカの大リーグでは、野球のデータを統計的に解析し、それをチーム編成に積極的に利用しているそうだ。

 実は、これはアメリカ社会で統計分析が日常的にビジネスに使われていて、それが伝統的な「専門家」の判断よりも優れていることのほんの一例にすぎないことが、本書を読めばよく分かる。「その数学が戦略を決める」というタイトルからは想像しにくいが、本書はアメリカの企業も政府も大量のデータを統計的に処理してビジネスや政策決定に役立てていることを様々な実例で紹介したものだ。

 例えば、プリンストン大学の経済学者であるアッシェンフェルター教授は、ブドウが採れた年の気象情報からワインの値段を予測することに成功している。当初は、ワインの専門家から猛反発されたというが、その予測は専門家よりも優れているそうだ。

 失業対策、医療といった公的政策から出会い系サイトでの紹介方法、銀行の貸出、本の題名の決め方、ウェブのデザインに至るまで、統計的な分析手法がアメリカで実際に駆使されていることが本書で示されている。計量経済学がここまで実際に使われていることに、経済学者である私自身が驚いた。同時に、膨大なデータを使った統計的手法による決定の方が、今までの「専門家」の決定よりも優れていることが多いという。ところが、多くの場合、優れているはずの統計的手法を導入することに一番反対するのは、伝統的な「専門家」だという。

 確かに、データと統計分析家に仕事が奪われてしまう「専門家」の気持ちは分かる。しかし、経営者や政策決定者にとっては、最も優れたビジネス戦略や政策を採用することの方が重要なはずだ。日本では、まだまだこうした手法が使われていない。逆に言えば、大きなビジネスチャンスがあるということだ。本書は、日本のビジネスマンや政府の政策担当者の必読書である。

(『週刊現代』2008年3月8日号、p119、掲載)

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2010年6月15日 (火)

堂目卓生教授による書評が読売新聞に掲載

2010年6月14日の読売新聞に「競争と公平感」についての堂目卓生教授による書評が掲載されました。名著「アダム・スミス」の著者らしい視点で書評して頂きました。格調高い彼の文章を味わって頂ければ幸いです。

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