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2011年4月11日 (月)

「就社」社会の誕生

菅山真次著『「就社」社会の誕生
                大竹文雄

 就職という言葉から、学校卒業時にある特定の会社に「就く」ことを決める一回限りの選択、というイメージを私たちはもつ。学校卒業時の就職率が低いと社会問題になることのはその象徴である。就職に関するこのような考え方が一般化しているという意味で、日本は「就社」社会と呼ばれるにふさわしい、と著者の菅山氏は言う。では、学校から職業への「間断のない移動」という「就社」社会は昔から日本社会の特徴だったのだろうか。

 著者によれば、この慣行・制度は明治の産業化時代にホワイトカラーの上層で発生し、戦間期にホワイトカラー社員全般に普及・定着し、戦争・占領期の激しい制度改革を経て、高度成長期にブルーカラーを含む正規従業員に広まっていったものであり、比較的新しいものだ。つまり、ホワイトカラーからブルーカラーへ「就社」社会が広まっていったのだ。

 この歴史的な動きを、履歴書、人事書類、手紙、労働組合・財界の文書、法律、役所の通達、統計など、ありとあらゆるタイプの資料を用いて著者は明らかにしていく。中でも1920年に創設された鶴岡工業学校の校長が学生の就職先の開拓に奮闘する様子を手紙から明らかにしたところは特に印象的だ。

 戦後の「就社」社会の成立で労働省が果たした役割は興味深い。労働省は新規中卒市場については強力な需給調整力をもつことができたが、新規高卒労働市場については職業紹介の主役は職安ではなく学校になった。労働省は新規高卒者の労働力不足を埋めるためには計画的にコントロールすることが必要だと考えていたし、高校の職業指導能力がないと考えていたのだ。結果的には、労働力不足は市場メカニズムで解消され、高校は生徒の野心をコントロールすることを通じて優れたマッチング機能をもっており離職率は低く抑えられた(p.441)。一方で、高校が職業紹介の機能をもつことになったのは、労働省が企業の自由な採用活動を規制したことが背景にあると著者は指摘する。

 高校が生徒の野心のコントロールの機能を果たしていたという指摘は興味深い。確かに、ネット求職の時代になって、誰でもインターネットで「就活」が行えるようになったため、「野心」のコントロールができなくなって、向いていない企業に挑戦し続けているうちに「就活」の時期が終わって内定がもらえないという学生は多い。どこかで、「向き・不向き」を学生が学習できるような場が必要かもしれない。大学受験なら模擬テストで、だんだん志望校を絞り込んでいくという過程があるが、現在の就職活動にはそれがないのかもしれない。

 「就社」社会の成立には経済的な背景だけではなく、思想や信頼、規制や戦争という歴史が寄与していることを本書から教えられると同時に、経済原理の説明力の強さを改めて感じた。

 以下では、何点か、著者に要望したい点をまとめておく。

 応用計量経済学的分析をしている立場から言えば、本書の統計的な分析には不満があるのは事実だ。第一章および2章で、労働者の履歴書からキャリア形成の仕組みが、労働者のタイプで異なっていることを示している部分では、グループ間に差があるかどうかの統計的な検定がなされていない。サンプルサイズが大きいわけではないので、偶然発生した差なのか否かを統計的に検定しておくことは必要だろう。

 また、労働市場の需給状況と新規学卒者の定期一括採用の関係について、必ずしも統計的に議論されているわけではない。例えば、132ページに「かつてない長期不況下にあって企業が賃金コストの大幅な圧縮を迫られる一方、学卒者の就職難が極度に深刻化して買い手側にきわめて有利な状況が出現したという歴史的背景」が新規学卒者の定期一括方式が確立した理由の一つだという。もっともらしいが、企業側の交渉力が強ければ、なにも新規学卒者を一括採用する必要はないようにも思う。学生の方が、就職先を早く確保したいので、在学中の早い段階で就職を確定したいということかもしれないが、企業にとってみれば、早く確約しなくてもいい人材は採用できるという状況にあるとも言える。近年、学生の採用決定時期は早まっているが、それと景気の状況との因果関係について、明らかにした分析はないように思う。

 制度的な変化の解説は、とても興味深いが、読者の立場から言えば、それらをまとめた年表が用意されていたならば、もっと理解が容易になっただろう。

目次
序章
第1章 歴史的前提
    —産業化と人材形成
 1 大工場労働者と熟練形成
 2 職員層の形成
第2章 「制度化」の期限
    —戦間期の企業・学校とホワイトカラー市場
 1 新規学卒採用の「制度化」
 2 学校による就職斡旋とその論理
第3章 「日本的」企業システムの形成
    —戦争と占領下の構造変化
 1 「日本的」雇用関係の形成—就業規則・賃金・「従業員」
 2 「企業民主化」—財界革新派の企業システム改革構想
第4章 「企業封鎖的」労働市場の実態
    —高度成長前夜の大工場労働者と労働市場
第5章 「間断のない移動」のシステム
    —戦後新規学卒市場の制度化過程
 1 中卒就職の制度化—職業安定行政の展開と広域紹介
 2 中卒から高卒へ―定期採用システムの確立
終章

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コメント

>ネット求職の時代になって、誰でもインターネットで「就活」が行えるようになったため、「野心」のコントロールができなくなって、向いていない企業に挑戦し続けているうちに「就活」の時期が終わって内定がもらえないという学生は多い。

このことについて、内田樹(神戸女学院大学文学部総合文化学科教授)氏は、『消費社会における若者の労働意欲』という題目でインタビュー(「BERD」ベネッセ刊)に答えています。
ご一読をお勧めします。
http://benesse.jp/berd/center/open/berd/2008/07/pdf/13berd_06.pdf

私なりに要約すると、
①今の学生は、自らの身体実感と照らし合わせながら、自分が就いた職業の中から、自分なりの達成感や満足感を感じ取る力が弱い。
②感じる力がないと、職業選びは記号的なものにならざるを得ない。実感で選べないのだから、世の中にリストアップされている記号を参考にしながら選ぶしかない。最も分かりやすい記号は「年収」と「お洒落度」である。
③その結果、デザイナー、カメラマン、作家、エディター、女子アナといった「クリエイティブ」なイメージのある職業に人気が集中し、求人の何十倍、何百倍もの応募が殺到する。
④「みんなが、なりたがっている職業だから」という他者依存的な理由で選択された職業なわけだから、自分の中に確実な内発的動機があるわけではない。ほんとうに自分はこの仕事を一生やるべきなのかどうか、自問しても答えが出ない。だから、思ったより仕事がきつかったとか、給料が安かったとかいうような理由であっさり仕事を辞めてしまう。
⑤大切なのは、身体を通して仕事をイメージすることである。職業調べをさせたり、適性・適職探しをさせるのではなく、身体性を通して労働の喜びを伝えることが、若者が労働意欲を持つことにつながる。

能力や適性は仕事の「前」にあるのではなく「後」に発見されるものなので、学生の側にも「肌感覚」で仕事を理解しようとする努力は必要だろう。
また、P.F.ドラッカーは仕事について次のようにいっている。
「最初の仕事はくじ引きである。最初から適した仕事につく確率は高くない。しかも、得るべきところを知り、向かいたい仕事に移れるようになるには数年を要する」

日本型の就社社会のように、たった1度限りのくじ引きで個人の職業人生が決まるとすれば、個人の人生は運を天に任せるしかなくなってしまう。
第二新卒市場の拡充が望まれる

投稿: タニボン | 2011年4月30日 (土) 09時35分

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