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2011年4月24日 (日)

「中央公論」掲載の震災関連の時論

「中央公論」の5月号と6月号の時論に震災関連のコラムを書かせて頂きました。中央公論新社に特別の許可を頂いて、ブログに掲載させて頂きます。特に、6月号のコラムは、まだ発売前であるにも関わらず、ブログへの掲載許可を頂いたことに、中央公論編集部に感謝いたします。

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震災復興に必要な熱い気持ちと冷静な視点
                    大竹文雄
 テレビに映し出される東北関東大震災の被害の様子を見た人は、誰もが自分にできることは何か、ということを自問するだろう。地震や津波による直接的な被害に加えて、福島第一原子力発電所の事故が加わった。仕事やボランティアで救援や復旧作業に直接携わる人たちだけでなく、多くの人が寄付や節電という形で貢献している。懸命な救援活動をされている人たちには本当に頭が下がる。
 当面、被災者の救援や援助に全力を尽くすことは当然だ。そこでは、医療、建築、土木といった技術をもった人たちの力が重要だ。同時に、その次のことを考えていくことも大切である。被災地域の復興をどうするか。震災の経済的影響は何で、今後の経済政策はどのようなことを念頭に置いて考えていくべきなのか。経済学者である私はどのような貢献ができるだろう。まだ、必ずしも被害の実態が分かっていない上、原子力発電所の事故の行方がどうなるか分からない状態であること、私自身の考えが完全にはまとまっていないということを断った上で、論点を提示したい。
 第一に、道路、鉄道、病院、学校、電気、電話などの様々なインフラストラクチャーの回復が効率的になされることだ。この部分は、市場メカニズムというよりは、計画が大事であり、その優先度を決めるのは、公平性と効率性の両方を加味した政治的意思決定による。公平性から言えば、被害にあった地域全てについて同じスピードで復興させることが望ましい。しかし、限られた資金のもとでどれだけ多くの人の生活を再建させることができるか、という効率性の観点から考えることは不可欠だ。津波で大きな被害を受けた地域や原子力発電所の周囲を全て元の状態に戻すことは、住民も望まないかもしれないし、仮に望んだとしてもその費用は大きい。地域レベルの人の移動をも含んだ復興の全体像が前提になる。また、将来の震災リスクを考慮した復興や制度設計も欠かせない。これは、同時に今回被害を受けなかった地域における地震対策や都市計画の見直しにもつながるはずだ。
 第二に、震災を経済学の視点から素直にみると、戦争の被害と同じで、生産能力が破壊された影響が大きい。つまり、供給能力が減ってしまったのだ。つい最近までは、潜在的に必要なものかそうでないかは別にして、生産能力が需要よりも大きいという認識のもとで需要振興的な景気対策が行われてきた。しかし、直接の被害が大きかった東北だけではなく、関東の計画停電は供給能力が低下したことを端的に示している。この認識のもとで、需要喚起を中心としてきた政策の方針を変える必要がある。生産能力が低下して経済が悪化したにも関わらず、需要刺激策をとると、インフレと不況というスタグフレーションに陥る。
 第三に、復興費用の調達の問題である。緊急に多額の復興費用が必要になる。このような事態を想定しないで策定された予算を見直すべきだ。子ども手当など震災を前提とせずに公平性を担保するための施策と、震災後の時点での復興とを比べて、どちらが公平性を高めることになるのか、考え直す必要がある。しかし、最低でも10兆円を超すような歳出に対して財源は足りない。そのため、国債発行や増税で対応していくことになる。では国債と増税のどちらがよいのか。国債で復興費用を調達して、将来世代がその費用を賄うべきだという考えもあるかもしれない。震災によってそれまで蓄積した富を失ったということを私たちは認識する必要がある。その損失を、日本人全員で広く負担するという保険の役割を果たすのが政府である。将来世代に復興の負担をいくらかは平準化できるだろうが、ただでさえ国債累積額が多い日本で全てを将来世代に負担させることはできない。特に、原子力発電所の事故による被害を、財源面でも将来世代に負わせるのは間違っているだろう。震災復興のために、消費税や所得税等の増税を検討するのは当然だ。国債についても、東京大学の柳川範之准教授は、負の金利の「復興債」という特別な国債を発行するという提案をしている。例えば、一般の国債よりも金利が三%低い「復興債」なら現在世代も費用を負担できる。
 第四に、生産資源が足りなくなった経済においては、できるだけ市場メカニズムを使って効率性を高めることも必要だ。電力が足りない場合には、電力料金の値上げも考えるべきである。「みんなで助け合ってこの危機を乗り越えたい」という熱い気持ちを有効なものにするためには、冷静な視点も必要だ。
(「中央公論」2011年5月号掲載)

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現場の力を活かすグランドデザインが必要だ
                   大竹文雄
 今回の東日本大震災では、災害にあっても略奪や暴動が発生せず、一致団結して整然と対処している日本人の行動が賞賛されている。災害救助や復旧作業の現場で奮闘されている人々は私たちの誇りである。このような現場の強さというのは、日本の製造業の強みとも対応している。
 災害時に整然と対応できる能力というのは、日本人が昔からもっている文化だという側面もあるかもしれない。しかし、吉村昭氏の『三陸海岸大津波』(文春文庫)には、明治二十九年と昭和八年の大津波の際には、そうではなかったことが記述されている。例えば、明治二十九年の津波の際の被災地の様子が「津波後の三陸沿岸一帯は、警察力も失われて一種の無法地帯と化していた。それに被災者たちは飢えに苦しみ、衣服も家財も失った者ばかりであったので、至るところに盗難さわぎも起こった。山麓に打ち上げられたタンス等を見出すと、人々は争ってその中の衣類や金銭をかすめとる。窃取を専門にした者も各村落に二、三名はいて、被災後それらの金銭や物品で富裕になる者すらいた(四八頁)」と描写されている。昭和八年の津波に関しても同様の記述がある。吉村氏の描写を信じるならば、今回、東日本の被災者が整然と協調的に対応したのは、戦前から続く文化ではなく、日本人の行動様式が変化したことを示唆している。もちろん、今回の震災でも、被災直後には、被災地で盗難があいついだことが報告されている。しかしそれでも、海外の大規模な被災地の状況からすれば、落ち着いていたのは事実であろう。
 戦前と現在の被災地の状況が異なったとすれば、経済学者として真っ先に想像できることは、当時と今の所得格差の大きさや貧困の程度の差である。近年、所得格差が拡大してきたことは事実であるが、所得格差は戦前よりも小さく、年金をはじめとする社会保障の充実もあって貧困の程度も改善されていたことは間違いない。そうしたことが、極限状態におかれても被災地の人々が協調的な行動をとっていることと関連しているのではないだろうか。また、被災直後からインターネットによる情報の発信ができたことも、被災地の人々の安心感を高めたのかもしれない。あるいは、別の理由で人々の間や制度への信頼という社会関係資本がこの東北地域に蓄積されたのかもしれない。
 私たち日本人が、この大災害に整然と対応できた理由を、日本文化だけではなく、社会のシステムから明らかにすることができれば、今後、様々な自然災害に直面する世界中の人々にとって大きな参考になるはずだ。
 ただし、災害に見舞われた人たちや現場で救援活動に携わっている人たちの頑張りだけにいつまでも依存するのは限界がある。うまく制度をつくって、個々の人々の努力に大きくは依存しないような救援、復旧、復興活動をしていかないと長続きしない。
 大規模災害からの復興では、政府だけではなく民間の力をどうやって利用していくか、という観点も重要である。今まで官が独占していた部分に、民間の力を積極的に利用できるような工夫が必要である。被災地では、建設労働者が非常に不足していると聞く。現行の労働者派遣法では、建設業務に関わる労働者派遣は禁止されている。人手不足があるのに派遣規制があれば、ヤミ労働が増える可能性がある。むしろ、被災地においては、建設業務に関する派遣規制を緩和するということも必要だ。
 あまり注目されていないが、厚生労働省が中心になって実務のプロが集まった「被災者等就労支援・雇用創出推進会議」の「『日本はひとつ』しごとプロジェクト」は画期的な方向性を打ち出している。被災者の中には仕事を求めている人も多い。援助される側になるだけではなく、被災者を雇用して被災者支援、復旧、復興の仕事をしてもらい、賃金という形で彼らの生活支援をしたほうが望ましい。これによって、復興と自立支援の双方の目的を達成できる。こうした支援方法は、キャッシュ・フォー・ワークと呼ばれていて、海外の災害援助では使われた実績がある。「日本はひとつ」しごとプロジェクトでは、この考え方が、現行の制度を利用することで取り入れられている。スピードが要求される被災者対策には、大きな制度変更を伴わないこともが大切だ。その意味で、現在の制度を知り尽くした官僚たちが、日本のためを思って省庁の利害を超えて、アイデアを出し合うということはとても重要だ。そのためには、現場の力と大きな見取り図のバランスが求められている。
(『中央公論』6月号掲載予定)

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